どろんこパーソンに迫る!vol.2 朝霞どろんこ保育園の小坂さん

2022.08.25

#保育

朝霞どろんこ保育園

どろんこ会グループの子育て理念である「にんげん力。育てます。」

子どもにその力を育むためには、保育に携わるすべての大人こそが「にんげん力」をもっていなければなりません。

どろんこ会グループは全国約150箇所の施設を運営し、スタッフの数は約2000人に及びます。多彩なバックグラウンドをもつ一人ひとりが、さまざまな人生経験を糧に、その背中を子どもたちに見せながら、子育てに取り組んでいます。

そんなスタッフ一人ひとりのストーリーを伝える「どろんこパーソンに迫る!」連載第2回で紹介するのは、朝霞どろんこ保育園(埼玉県朝霞市)で調理師として働く小坂さんです。

朝霞どろんこの縁側にて小坂さん
朝霞どろんこ保育園で15年間調理を務める小坂さん

どろんこの保育そのままの子ども時代

小坂さんは昭和29年、岩手県松尾村(現在の八幡平市)の自然の恵み豊かな山のふもとに生まれました。幼少期の思い出について尋ねると、

「山が遊び場で、あけびやりんごを採って食べていました。あとなんといっても思い出すのは雪の深さ。学校へ行くのに吹雪があまりにすごく、かんじきを履いて、張られたロープをつたって集団登校したり、家は2階から出入りしていました」と驚きのエピソードを披露してくれました。

控えめに自身のことを語る小坂さん
穏やかで控えめな語り口の小坂さん

その後家族の転勤で埼玉県越谷市、東京都八王子市と移り住みますが、原点は小学校時代を過ごした越谷だと振り返ります。

「越谷もやはり自然が豊かで、川でシジミ採りをしたり、どじょうやザリガニをつかみ取りしたり、木登りをしたり、竹や枝で秘密基地をつくったり。男の子も女の子も関係なく、大きな子も小さな子も一緒に皆集まって遊んでいました。骨折や捻挫もしましたが、おかげさまで元気な体で楽しく過ごしました」思い返せばまるで今のどろんこ会の保育活動そのものを実践していたという小坂さん。

子ども時代の貴重な写真
雪深い岩手で過ごした子ども時代(右)と越谷で過ごした小学生時代

銀行のテラーから病院の調理、そして保育園へ

高校卒業後は銀行に就職。銀行ではテラーを務めました。テラーとは窓口・出納係のことで、カウンター業務を任されるまさに銀行の顔です。まだATMのない時代、カウンターに並んで待つお客様にてきぱきと対応していくことが求められ、先輩や同僚に聞きながら必死に仕事を覚えていったと言います。そして21歳で結婚。

「寿退社が当たり前の時代だったのですが、私は結婚後も働き続け、働きながら第一子を出産しましたが、程なくして退職。当時は保育園に預けるといった知識も全くありませんでした」と小坂さん。

銀行時代の記念写真
銀行時代の記念写真。前から2列目右から4番目が小坂さん

子育てに専念されたのかと思いきや、「実は夫が板前で一緒に居酒屋を営むことにしました。実は結婚前はごぼうのささがきさえもできなかったのですが、夫が師匠だったので、料理に目覚めたんです。実は今私が使っている包丁も夫が研いでくれているんです」と、茶目っ気たっぷりに話します。

接客を通じコミュニケーション力が磨かれました
接客を通じ小坂さんのコミュニケーション力が育まれました

5人の子育てを経てあらためて食の世界に入りたいと考え、40歳を過ぎてから調理師の免許を取得、病院での調理を10年勤めました。

「第二子以降は保育園に預けたのですが、子どもたちから保育園での食事の話を聞いたりしているうちに、いつか子どもたちと触れ合ったり、会話をするような、そんな中で調理したいと思うようになりました」と子どもの食に関わりたいと思うようになり、ハローワークで探した時に出合ったのがどろんこ会の求人だったのです。

朝霞どろんこの調理室
この調理室を15年間守ってきました

当時、どろんこ会グループとしては認可保育園を立ち上げるのは初めてのこと。小坂さんも子どものための調理は初めての経験。採用が決まった時には、まさに一緒に新しい園を創っていくという大事なメンバーになった瞬間でした。

当初は小坂さんとパート職員のみの体制で始めた調理室。

「遠足や誕生日のメニューも自分たちで考え、よい意味でいろいろ凝って作っていました。あれから15年、人手も増えて調理スタッフが3人になったので、3人でなければできないことに挑戦していきたいと思っているところです」と、衰えぬ意欲でメンバーをけん引しています。

代表が釣り上げたマグロをさばく
代表が釣り上げたマグロを子どもたちの前でさばく。包丁は「夫が研いでくれました」と

大きな家のオアシスのような存在

日々子どもたちと関わる中、どろんこの保育についてどう考えているかを尋ねると

「自分の子どもたちは公立保育園で育ち、どろんこの保育とはずいぶん違うなと思いました。朝霞どろんこの園庭で木登りしている子どもたちを見ていると、自分で自信をもって登っていますよね。子どもはどの高さまでなら大丈夫か、どの枝に足をかけたらよいのかをきちんと分かっています。こうした直接体験から学ぶことが大事だと思います」

木登りができる木のある朝霞どろんこの園庭
木登りのできる木を配置した朝霞どろんこ保育園の園庭

そんな小坂さんにとって朝霞どろんこ保育園はどんな場所なのか尋ねると、「まさに大きな家です」と即答しました。

「最近歩けるようになったひえ組(1歳児クラス)の子どもが、とんとんと調理室の扉をたたきに来てくれたんです。まだ言葉はおぼつかないけれどいろいろ話して、そのあと一緒に部屋に戻りました。その子があずき組(2歳児クラス)に上がるとぱたっと調理室に来なくなりました。きっとそれは成長の証しだなと思っています。さびしい時、何かあった時、私たち調理のスタッフも忙しいから後でねとせずに、手を休めて子どもの話を聞くようにしています。こういったことが大きな家の中での大事な役割ではないかなと思っています」

小坂さんを見つけて駆け寄ってきた子ども
小坂さんを見かけた子どもがすかさず話しかけてきました

調理室はまた、スタッフにとっても大切な場所のようです。

「何かあった時にちょっと来て立ち話したり。スタッフの皆さんからはほっとできるような、オアシスのような場所だと言われています。若いスタッフも多いので、近づきすぎず、程よい距離感で、伝えるべきことはきちんと伝え、調理と保育の垣根をなくせるよう努力しています」と、大ベテランならではの配慮がにじみ出ます。

スタッフからも頼りにされています
スタッフからも頼りにされています

さらには小坂さんの人柄ならではのエピソードも。

「仕事が終わってバスに乗って駅に向かうところ、突然声をかけられて。なんと開園時にあわ組(0歳児クラス)に入り、この春高校生になった子どもとそのお母様でした。当時の施設長のことや運動会の話で盛り上がりました。覚えてくださっていて本当にうれしかったです」

この15年間、さまざまなスタッフと出会いました。今、各地で施設長として活躍しているスタッフも、この朝霞どろんこ保育園で育つのを見てきた小坂さん。

朝霞どろんこの横を流れる黒目川
朝霞どろんこ保育園のすぐ横を流れる黒目川

「いろいろ変わってきたけれど、黒目川の土手を歩いていられる間はがんばりたいです。私がもっている調理だけでなく子育ての経験を、ほんの少しでも保護者の方にも伝えていけたらよいなと思います。そのためにも体力が大事。体のメンテナンスをきちんとして続けていきたいです」と語りました。

vol.1に続き思いもよらぬ人生を経て、どろんこ会グループの原点の一つともいえる保育園で働くことになったスタッフを紹介しました。

さて次回はどんなどろんこパーソンに出会えるでしょうか。どうぞお楽しみに。

施設情報

朝霞どろんこ保育園

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